昭和48年=1973年(一部49年=1974年)卒同期会開催

3月12日今年第1回目の同期会を開催した。

幹事は最初の回からず~と前田信夫君が引き受けてくれています。面倒くさい幹事を長いこと引き受けてくれている前田君には感謝、感謝。
この会の名称は「獅子の会」です。由来は、本来であれば「 昭和48年卒同期会」とすれば済むのであるが、一部勉学熱心なお方が数名おられ5年間学ぶことになりS49年卒業となりました。一応同期生ではあるが「昭和48年卒同期会」とするわけにもいかず一計を案じ、卒業年度ではなく入学年度はS44年で皆一緒だからS44年入学同期会として44--->「しし」---❯「獅子の会」と命名した。前田君のアイデアです。
「関東獅子の会」の登録メンバーは27名、同期で既に鬼籍に入った仲間が私の知る限り6名。今回は18名参加。場所は前田君の息子さんが経営している「前田屋」という光が丘警察署の真ん前にある居酒屋です。営業時間外にオープンしてくれて14:00にスタート。(時間に遅れてくる者が必ずいる)飲み放題で料理も料金も大満足。最近は我々の飲み会は昼の時間に開催することがほとんどとなりました。夜、酒を飲んで電車で帰るのが億劫になってきております。

会に先立ちまずは2月26日に急逝した故田中典明君にしばしの黙祷を捧げご冥福をお祈りしました。 私は亡くなる前日に四極会の歩こう会(故田中君が会長)の次回開催につき具体的な打ち合わせをこの獅子の会でやろうと電話で話したばかりでした。その翌日昼頃 娘さんから電話あり、「実は父が突然、今朝急に...」という連絡がありましたが一瞬信じられませんでした。本来であればこの場に田中君がいるはずであったが残念至極です。葬儀に合わせ、同期生から受け取った多数の田中君にまつわるメッセージをご家族に渡し、感謝されました。又、寮で4年間共に生活してきた仲間との絆は深く、思い出話は尽きませんでした。皆から愛される田中君でした。

さて皆さんほろ酔い気分になったところでいつもの如く各自の近況報告開始。パーキンソン病でリハビリ中の者、この年にしてなおゴルフ上達しようと意欲的に練習に励んでいる者、運転免許証を返納して後悔している者、サッカー部出身で今もって試合に臨んでいる者、心身共に元気な者、白内障の手術をした者、肺に病を抱えている者、母親が亡くなり、実家の整理をしている者、学生時代の彼女との淡い恋物語の思い出を語る者、S44年入学生の内、女性は二人のみで寂しかったなあという者、現在の経済学部の女性割合は約4割で隔世の感があります。ペースメーカーをいれているが酒を飲んでも問題ないと豪語している者、故田中君(自称囲碁5段)から囲碁の手ほどきを受けていた者、腰痛を自己流で治療している者、 家の中でもよく躓き足元に不安があると言う者、ゴルフとテニスをやり、更に趣味で蜂蜜を採取している者、この蜂蜜戴いたが、なかなかのもので「マヌカハニー」よりもずっと美味。終活をぼちぼち始めた者、歩行がおぼつかなくなった者、最近獅子の会に参加したばかりなのでまだ皆の顔と名前が一致しないという者、自戒を込めてか「年を考えて、無理な行動はするな」と忠告する者等々、糖尿病等で何らかの薬を服用している者多く、やはり健康にまつわる話がメインでした。

皆さん75-76歳になっており、四捨五入すると80才です。年相応に健康問題を抱えている模様です。

一通り近況報告が終わり、あとは隣同士、対面同士で小集団を形成し、学生時代のゼミの話等昔話に花が咲き、ワイワイガヤガヤのアッという間の3時間でした。卒業して53-4年、その時間の経過を全く感じさせない集まりでした。皆気持ちは学生時代そのものです。この遠慮のない会話、又全く気を遣う必要のない会話ができる集まりは掛け替えのないもので皆いつも楽しみにしております。話は尽きませんでしたが「次回皆さん元気な姿で又会いましょう」と17:00にお開きとなりました。帰りは足元がおぼつかない者もいたが全員無事に帰り着いたと思います。常任幹事兼名幹事、前田君、次回の幹事もヨロシク!

(文責 山下政晴)